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2011年6月30日 (木)

国賠

063001とうとう来た!

東電(東1・9501)の個人株主が国賠に乗り出した。

「国が原子力損害賠償法(原賠法)の解釈や適用を誤り、東電を免責しなかったため株価が下落し、損害を受けた」

との理由で150万円の賠償請求。

原告は弁護士だという。

難しい判断だと思うが、東電も国も、今回の事案は想定外の大規模天災が理由なのでとする反面、国民の厳しい批判を避けるために東電の責任追及や国の代理弁済などを否定するという2枚舌を続けてきた為、いずれは国賠に発展するだろうと思ったが。

しかしこの裁判の行方次第ではすさまじい規模の訴訟が雨嵐のように吹き荒れるはずで、特に第一生命(東1・8750)のような大口機関投資家が動き始めたらとんでもないことになる。

さらには、全国で放射性物質が確認されているし、その農作物の輸出(入)制限や精神的損害、はては国外からの訴訟にまで発展する可能性もある。

この裁判の行方次第では。

企業1社だけの話であれば、最後は潰してしまえば免責になってしまうが、国賠だとそうは行かない。

ただ、日本の場合過去の国賠事例ではなかなか原告勝訴とはなりにくいのだけれど。

果たしてどうなるか分からないが、税と社会保障の一体改革なんて言っている場合でもなく、一歩間違えば、「賠償の為の納税」にさえなりえるという瀬戸際にいるという認識は持たなくてはいけないと思う。

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2011年6月29日 (水)

余力7%

062901日本が暑い。

46都道府県で30℃以上を記録し、列島猛暑。

東電管内では電力使用量があちこちで表示されているが、この日は93%にまで達し、6月だというのに、余力7%。

政府は電力の大口契約者に対して15%の削減義務を課し、一般家庭などには協力要請をした。

しかし6月でもこの状態であれば、いわゆる夏本番になったときに一体どうなるのだろうか。

電力が足りなくて工場などの生産に影響が出るとかそんなレベルに留まらず、食中毒、熱中症など死者まで出そうだ。

しかも相当数。

減るものと言えば、「クーラー病」くらいだろうか。

オフィスで、女性社員がよく使っているブランケットくらいだろうか。

業界では輪番制が始まり、自動車の街などは閑散としてしまった。

どうなるのかさっぱり分からないが、結果的には計画停電を実施せざる得なくなるように思えてならない。

いかんせん、現在の政府はあらゆるお題目や理想を並べ立てた結果、だめだったということの連続を何年も続けているので、また本件でも同じことではないかという予感もするし。

「懸命に頑張ったが」「予想以上の」

そんな繰り返しでほとんど狼少年。

そんなのだったらどんな約束でも出来るというものだが。

さて、この夏、日本は乗り切れるのだろうが。

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2011年6月28日 (火)

リモート

062801









公私共にパソコンの利用が当たり前の生活になって久しいが、妙なところで不便を感じることも多い。

パソコンの利用は単独では成立しないことが多いということ。

仕事は別にして、個人での私的な利用に関し、「一人の世界に引きこもり」などと表現されることもあるが、実際そうではは無い部分も多いと思うシーンが多々ある。

非常に単純なことを言えば、例えばメール。

何らかの用がありメールを送ろうとするシーンがあったとする。

しかしパソコンを始めたばかりの人が設定に困っている時など、メールの機能は全く意味をなさない。

電話でもして事細かに説明しているうちに、どんどん深みにはまったり。

そんな時に俄然威力を発揮するのがリモート性能だと思うが、これがまた曲者で。

最近そんなシーンに直面した。

メールではないがパソコンの設定を変更したり操作が必要になったのだが説明が大変で、リモートでつないでやってしまおうとした。

自分もこの分野にはまったく明るくないのだけれど、たまたまリモート接続は「フリーソフト」を使って何度か経験していたので特段の不安もなく提案し試みた。

ところがどう踏ん張っても接続されない。

どうやらパソコンの設定云々よりも、ネットワーク上のなんらかの支障のようなのだけれど、そこまでくると「明るくない」が影響してお手上げ。

それこそ、「電話して口頭で説明」くらい簡単にならないものだろうか。

これはパソコンがどうのこうのというよりも、ネットワーク関係に詳しくないということなのだろうけれど。

話が大きく飛躍するようだけれど、このリモートやネットワークという部分の利便性が大幅に改善されれば、「労働効率」「労働生産性」が劇的に向上するのではないかと思う。

もちろん、個人の生活に時間の余裕も生まれるだろうし、今までとっつきにくかったことにも手が届きやすくなるのではないかと思う。

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2011年6月27日 (月)

ソロス氏 ユーロを語る

062701日本が設立を検討していた政府系投資運用機関が、一時は協力を依頼するのではないか?とまで言われた著名な投資家「ジョージ・ソロス」氏。

ウォーレン・バフェットと並ぶ2大巨頭で知る人も多いだろう。

そのソロス氏が、いずれユーロから脱退する国が出てくるだろうと述べた。

その指摘は別段に珍しいことではなく、方々で指摘されていることでもあるが、なぜかソロス氏が言うと響きが違う。

東欧のために活動を続けるソロス氏がユーロを語る。

もともと、ユーロが統一枠組みに入ったことが奇跡に近いとまで言われたことで、その時点からかなりの無理があったわけだけれど、昨今のギリシャ問題などでもその「無理矢理さ」は明るみに。

一歩間違えれば借金踏み倒しさえ辞さない相手に対して、現状決して余裕があるとは言いがたい国々が支援をしなければならない。

また支援が挫折すればユーロ、つまり自国通貨が大きな影響を受ける。

これは本当に悩ましい。

家族でさえも、「縁を切る」とか「敷居をまたがせない」とか言うわけで、あまりにも負担が大きくなればユーロからの締め出しもありえるし、自ら脱退もありえる。

しかしよく考えてみれば、ユーロ以前よりヨーロッパ経済というのは一蓮托生的な要素が多いわけで、ユーロと言う枠組みが実現したことはもしかしたら「必然」なのかもしれないわけで。

テレビではギリシャで暴動などと報道されるだけだけれど、ユーロ全体の緊張感はまだしばらく収まりそうに無い。

東欧出身のソロス氏が「ユーロから脱退する国が出る」と述べたとして、それに対してソロス氏はどういう行動を取っているのだろうか。

そればかり気になる。

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2011年6月26日 (日)

来たれ、発明家

062601さいたま市の80歳になる一般男性が水と重力と浮力のみを駆使して電気を発生させる装置を発明し、特許を取ったそうだ。

説明を聞いて数点不明な点があるが、基本的には理解できる。(一定期間後リンク切れ)

エネルギーを発生させるには、基本的には同程度のエネルギーを必要とし、言ってみれば「エネルギーを生み出す」というよりは「転換」させるということが発電であると思う。

火力発電や原子力発電ならば熱源をどこに求めるか、風力発電ならば風がどこに吹くか、そんな「エネルギーの元」を模索しているのが大前提になるわけだ。

このケースの場合それを浮力に求め、水に浮く物質物体の特性で持ち上げ、落下させエネルギーを転換させる。

浮力からの転換だ。

文系の自分には説明が難しいが、物質が燃えて熱量を発生させるとかそういうことでななく、規定路線を利用するというか、原理原則を使うというか、そういう点で面白い。

しかし、以前から思っていたが、原発どうのよりも、そして現在世界で行われている発電方法よりも、もっとコンパクトで自然な発電というのはあるような気がする。

そしてそれは科学者などよりも、企業経営的観点で生み出されそうな気がする。

企業経営などにおいては、自然摂理などを最大源利用するわけだし、出来る限り原材料を使わない方が利益率は高くなる傾向にあるわけだから、何かそういう視点が発電にも欲しいと思っていた。

 

かなり昔、それこそ幼少期の頃、永遠に車にガソリンが必要なくなる方法…なるものを耳にした記憶がある。

その理屈は車の推進力がそのまま新たな推進力に転換されればいいという、非論理的なものであったが、そういうハチャメチャな論理をこね回しているうちに何か生まれてくることもあるかもしれない。

特に、技術や資源を持たない子供達あたりが、とんでもない発想を持っているかもしれない、そんな気がしてならない。

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2011年6月25日 (土)

来たれ、山田さん

062501岩手県出身の女性が、山田町を救う募金活動を始めたというニュース。

「山田町応援団」というホームページも立ち上げたというが、facebookでしか確認できないのでリンクは避けた。

この活動は全国の「山田さん」から月1000円の寄付を募り、街路灯の復旧や地元企業への無利子融資などに役立てる計画だそうだ。

山田さんは80万人いるそうだから、この仕組みの場合月間最大8億円、年間96億円集まる計算。

ただ、協力してくれない人も当然いるし、家族の場合どうなるのかとかあるだろうし、実際はいかほど集まるだろうか。

でも発想がとても面白いと思った。

どこかの都市と交流があったからとか、姉妹都市だったからとか、そんな理由で協力するケースは多く目にするが、まさか名前で来るとは。

確かに全国には人名にも使われる地名が結構あるし、都市どうしではなく、都市と人、都市に住む人と全国の特定の人をつなぐというのはそう多くないやり方だろう。

しかもそれが「山田」という国内でもトップクラスに多い名前なのだから、効率も良いし。

 

発起人は岩手県出身ではあるが山田町出身ではなく、山田姓でもないそう。

しかし名前の「洋子」は海が好きで、山田湾をたびたび訪れていた祖父が、「海のように澄んだ女性に育ってほしい」と太平洋から「洋」の文字を取ったそうだ。

自身も何度も何度も遊びに行っていたらしい。

しかしそんなことは関係なく考えても、着想が面白いと思ったのでピックアップ。

政府が掲げる復興会議よりもずっと妙案だと思うし、やはり日本の場合、政治はおとなしくして邪魔をしないのが一番国家国民の利益になるのではないかと思った。

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2011年6月24日 (金)

熊谷発電所

062401急激に暑くなってきている気がするが、一体梅雨はどこへ行ってしまったのだろうか。

気象庁の発表では気温39℃以上になったのが群馬や埼玉などで5箇所。

まだ6月だというのに。

なかでも埼玉県熊谷市で6月としては史上最高となる39.8度を観測したそうで、もうとやかく言う以前に「すごい」としか言いようが無い。

6月中旬から7月中旬までが梅雨というイメージはもはや通用しないのかもしれない。

そもそも降雨量もすごく少ない気がする。

詳細なデータは見ていないが。

このままではまたしても四国などで水不足が発生しそうで。

全国的に、電力不足、物価の値上がり、そして水不足に猛暑。

とんでもない夏になりそうだ。

そんなときに、果たして日本はどうやって再生しようというのだろうか。

政治はなんじゃかんじゃと美辞麗句というか、理想や綺麗ごとを並べるが、2重苦3重苦に襲われて日本は少なくともこの先数年、見るも無残な撃沈を続けるような気がしてならない。

ヒートポンプではないが、この猛暑を利用して発電でも出来ないだろうか。

温水などを作るだけでは勿体無い。

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2011年6月23日 (木)

HOYAからPENTAX

062301世界最小最軽量のデジタル一眼が発表された。

発表では「HOYA」と。

HOYAがデジカメを作っていたかな?と思ったが、画像には「PENTAX」の文字が。

そういえば、PENTAXはHOYAの下へ入ってしばらく期間が経っていたので忘れていた。

たしかに光学機器やレンズなどで名を馳せるHOYAなので、デジカメ業界に参入しても不思議ではないけれど、どうもなじみが無い。

そして案の定、カメラにはPENTAXの名が残る。

この「慣れ親しんだ」名前を無くすのは勿体無さ過ぎるというのは誰しも考えることなのだろう。

こういう再編は決して珍しいことではないけれど、近年では一番驚きだった気がする。

今後も多く目にするだろうが、慣れそうにもないし。

 

カメラはいわゆるミラーレスで、重さ約200グラム。

先行者ではいわゆる「PEN」があるが、その分類。

そして近頃多くのカメラが搭載するエフェクト機能もついていて、「お散歩カメラ」や「カメラ女子」には人気が出そうだけれど、価格は7万~9万。

デジイチだけあった決して安くは無い。

ただ、グラムではなくキログラムの桁に突入するデジカメを振り回している者としては、この手のものを1台持っていても悪くないと思うシーンは少なくない。

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2011年6月22日 (水)

原発止めれば学力下がる!?

062201橋下大阪府知事は節電を呼びかけるボードの前で会見をした。

「エアコン切れば原発止まる」

さて果たしてそうなのか、電気量など分からないが、原発問題というのはどうも方向性を見失っているように感じる。

大局的な話に終始したり、微細な可能性論を展開してみたり、「再生可能なエネルギー」というワードが国会で一人歩きし、「世界では脱原発が…」と言って見たり。

果たしてどこまで何がどうなのかさっぱり見えてこない。

原発事故が起これば脱原発一辺倒の運動が巻き起こるという、またしてもヒステリックな空気を感じる。

 

先日近所で、ある政党のPRポスターを目にした。

市内の小学校にエアコンを設置させました。

実際そうなのかどうか分からないが、いずれにしてもそんなアピール。

自分の幼少期を振り返れば、エアコンなんて学校はもちろん、家庭にもなかった。

この「市内にエアコンを」という運動の背景には、「教室が暑くて勉強にならない」という強い要望があったと聞くが、エアコンが無ければ勉強にならないのだろうか。

もちろん、エアコンがあった方が快適に勉強出来るだろうが。

…そんな話をしていたら、今では家庭でのエアコン普及率が非常に高いので、教室にエアコンがなかった場合その居心地の悪さつらさは昔と比べられないと。

確かにその通りかもしれない。

エアコン切れば原発止まる

今夏は猛暑の予想もあるが、エネルギー不足は関東だけに限らず関西にはもちろん、そして全国広い範囲に波及している。

もし、この論法が正しければ、数年後、震災や原発の問題は子供達の「学力」にも影響を及ぼしてくるのだろうか。

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2011年6月21日 (火)

マットレス

062101フィギュアスケートの浅田選手がベッドマットレス「airwave」のブランドアンバサダーに就任したというニュース。

難しい肩書きをつけるが、ようはPR大使。

浅田選手がairwaveを使用しているということは、どこかの大海へ行く選手を空港で追いかけ取材をしていた映像を目にして知った。

沢山の荷物を積んだカートの一番上に丸くロール状にした物体があり、あれはなんだろうかと思ってよくみたら「airwave」の文字。

airwaveとは何かと調べたらマットレスと判明。

お気に入りのマットレスや枕を試合や遠征に持っていく選手は多いようだというのは知っていたが、どんなものを使用しているのかを知ったのは初めてで、少し興味が湧いた。

というのも、最近自分の使うマットレスがどうも合わないから。

最初はよくあるように問題は枕かと思った。

様々な高さや硬さを変えてみたがそれでも寝つきの悪さや肩こり、場合によっては腰痛が改善されない。

そこでマットレスかと発想が至ったわけだけれど。

考えてみれば、体型などは変わりやすく、マットレスの「合う・合わない」というのは案外頻繁に変わりやすいのかもしれない。

その点、大きなマットレスを交換するよりも、なんらかの物を付け足すことによって寝心地が改善されるならばそれは魅力的な話かと思った。

…値段を見るまでは。

マットレスを交換した方がずっと安いので、廃棄するのはまだ勿体ないからという理由でこの手のものを使うという選択肢はないのかもしれない。

残念ながら。

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2011年6月20日 (月)

収監

062001とうとう収監。

色々複雑な思いがあるが。

法律には明るくないので結局のところ、違法なのか違法ではないのか個人的な結論には至れていないのだけれど、司法上は違法という判断で、最後はその量刑の是非について焦点が当たっていたような気がする。

法律というのは、「解釈」や「運用」の問題であるという認識だけは強くした。

頻繁に引き合いにだされる元リクルートの江副氏。

この両氏を例に挙げ、とどのつまり両名を潰すことによって発生する経済的損失は大きいというような論評は比較的目にする。

よく分からないけれど、若い起業家が尻込みするような事態になったことは間違いないのではないかと思う。

もしくは、妙にどこか居心地の悪いような「慈善」活動のような部分ばかり前面に出てくるような。

「ほら、こんなすばらしいことをしているよ」という種の起業や経済活動。

もしくは経済活動にさえ至らない「活動」というような。

これでよいのだろうか。

右から見ても左から見ても、全く問題のないような純白。

それしか受け入れられない社会でよいのだろうか。

もちろん悪いことは悪いけれど。

表現が難しい範囲だと思うけれど、腑に落ちない点、そして妙に不安になる点が多い一連の事象であったと感じた。

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2011年6月19日 (日)

100日目の遊覧

061901首相があまり注目されない被災地千葉県の習志野などを視察。

液状化現象を見た。

大行列でやってきて、出したコメントは「しっかり対策を」。

思いっきり力が抜ける。

くしくもこの日は震災発生100日。

100日経って一国の長から出た言葉が「しっかり対策」。

冗談かと思う。

ありえないことだけれど、仮に忙しい身だとして視察に来るまで100日かかったのは許すとしても、事前にあらゆる対策を検討し、練りに練ってその検証に来るぐらいのことでしかるべきだと思うのだが。

特に野党などから批判が相次ぐ震災対応だけれど、そのたびに与党は一生懸命やっている、検討始めている、そんなことを平気で口走る。

さも、取り組んでいるからよいのだと言わんばかりでまるで他人事。

問題は、「既に結果が出ていなければいけない時期」だということ。

想像を絶する愚鈍さ。

そしてそんな批判に対して発せられる言葉が「国難・想定外・史上最大」。

つまりこの国は、前例のあることしか対応できないということ。

前例に基づき対応されるのであれば官僚だけでよいのではないかと思うのだけれど、それでは行き詰まりを見せたから脱官僚を掲げたはずなのだが。

官だだけでは物足りないらしく、菅まで登場。

いつになったら「脱・カン」が出来るのだろうか。

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2011年6月18日 (土)

観察記2

芽が出た061801

芽が出たというのか出ようとしていると言うのか。

種まきからのスピードがすばらしい。

飽きる間もないというか。

日本の種子は性能がよく、発芽率が高いという話を聞いたことがある。

しかしこの朝顔、裏の「生産地」を見るとなんとタンザニア。

日本のメーカーが販売しているものだけれど。

種子の製造をタンザニアでやっているのだろうか。

この分野の研究をしたことがないので詳細は分からないけれど、工業だハイテクだと言うけれどこんな「農業」の分野も相当レベルが高いと感じる。

どうもいまいち日が当たっていない気がするが。

そんな時いつも思い浮かぶのがオランダ。

小国小国と言われる日本の1/10程度の国土面積しか持たないオランダが、農業生産物輸出高では超大国アメリカやカナダには負けるものの常にトップランクに位置している。

その理由は単純に「高付加商品」を出しているから単価を跳ね上げている。

日本人の誰しもが思い浮かぶのはチューリップだろう。

食糧自給率を無視して、生花を栽培輸出するオランダ。

国の歴史や文化、形態そのものまで生み出してしまうほど海抜が低いこともあって土壌が豊かだと言われるが、含塩率の問題もあり簡単ではない。

日本ではお米だとか果物などで「ジャパンブランド」などと言ってそのような取り組みをされているが、それは既存の作物の質の向上。

これは工業化製品と全く同じ考え方だと思う。

ある製品を高付加価値製品に変えて単価を上げていく。

日本の得意な分野だと思うが。

しかし、そもそもの作物の種類から変えてしまえば、一気に単価が上がるわけで、「チェルノブイリでひまわり」などが有名だが、福島の原発近くでもそんな試みは一考の価値があるのではないかと思う。

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2011年6月17日 (金)

3次元マトリックスが必要

061701「より具体的な中期の財政再建策が不可欠だ」とはIMFが日本に対して指摘したこと。

そんなこと分かっている。

分かっちゃいるが…という状況だと思うが、意外に「日本は大丈夫だ」と力説する専門家もいるようなのでそこらが不思議。

そしてもっと大きな問題が。

中長期と言うが、日本ではこの先1年やそこらの取り組みでさえコロコロ変わるわけで、中期や長期という言葉は「問題先送り」の為にしか使用されないということ。

しかし本当に改めてみると気が遠くなる。

アメリカの現在の借金がブログパーツとして貼ってある通り14兆ドル台を爆進中。

15兆ドルが一つの大きな心理壁とされているが、そうやって見ると借金が積み重なる様子というより、爆弾のタイマーのようにさえ感じる。

そんなアメリカと比べたり英国と比べたり、それがこの表では出来るが問題は使われている数字。

この表では財政赤字とGDPを比べている。

ところが実際問題になると思うのは、そうこのブログでも繰り返し主張しているのは、ここに「成長率」の要素が表されていないこと。

もちろん表としてはそれでいいのだけれど、イメージやスタンスを感じるとき、この成長率というのは大変問題だと思う。

水平を維持できている状態での借金比と、衰退に衰退を重ねている状態での借金比。

毎年同じ借金を重ねているサラリーマンであっても、もちろん家計は火の車だと思うが、年収が下がっていく人と、とりあえずある程度維持出来ている人は違う。

もちろん、伸びていっている人とは比べようもない。

机上の人たちにとって日本はまだまだ「世界の中心」なのかもしれないが、在野の経済人にとってはもはやこの表は2倍3倍の醜悪さに映っている。

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2011年6月16日 (木)

顔を見たくなければ国民投票

061601「私の顔を見たくないなら、この法案を通した方がいい。」

低俗な発言。

ウィットでも効かせたつもりなのだろうか。

逆に言えば「固定価格買い取り制度法案」が話題に上がるたびに「この顔」を思い出すので通さない方がいいかもしれない。

本当に思考が浅いというかなんというか。

それは必ずしもこの本人だけではなく、この政党そのものがとても浅いように思う。

何事もそりゃそれが出来るならばそちらがよいだろう…と思うようなことを言っておいて実現不可能。

もしくは大幅変更。

軽口を叩いたツケは国民に返ってくる。

普天間問題もしかり、子供手当てもしかり、そして高速道路無料化もしかり、「コンクリートから人へ」もしかり。

そしてその多くは震災のせいにしてうやむやにされていこうとしている。

 

自然エネルギーの普及を目指すこと自体は誰も反対はしないだろう。

であればそれに飛びつく。

ただそれだけ。

そこにどんな痛みが存在するのか、その間のつなぎの対応方法、何が必要で何が不要でそんな熟考をされた上で発せられる言葉ではなく、実に短絡的。

エネルギーの固定価格買取制度。

この場合は太陽光発電だと思うが、その思想はよいとしても、そこにどんな痛みや弊害があるのか本人は理解しているのだろうか。

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2011年6月15日 (水)

観察記1

061501ある花の種を植えた。

少し遅いのだけれど。

今年こそやろうと思っていたシリーズ第1弾。

そこで観察日記を兼ねて、変化があったときにはブログに書いてみようと思った。

そうすれば、ネタ切れ解消にもなるということで。

遅すぎ、もしくは別のなんらかの理由で目が出ない・花が咲かないなどとなれば結果的にまたネタ切れ地獄に落ち込むのだけれど。

こういうことをするときに、ちゃんとした人は撮影場所を決めたり、画角を固定したりしてきちんとした観察日記を作るのだろうけれど、テキトー。

変化が出てくれば何か考えようかとも思うけれど、仮に成功しても今年はこれで終わる気がする。

その経験を参考に来年にでもまた挑戦してみようか。

いや、ブログのネタ切れを考えれば、咲き終わったら次の種を見つけてきて新たな観察日記という手もある。

しかし、どう撮影するのが一番「観察」に適しているのか良く分からない。

育ってきたときの「背景」にも困る気がする。

さてどうなるだろうか。

とりあえず観察記スタート。

 

6月15日 種まき

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2011年6月14日 (火)

デジカメ間でのデータのやり取り

061401いい加減しつこいと自分でも思うのだけれど、なぜデジカメ間でのデータのやり取りが出来ないのか。

例えば会合でもパーティーでも旅行でもいいが、複数の人がデジカメで写真を撮っていた時、いつも最後にはそのデータのやり取りに関して問題になる。

特に最近のデジカメはすこぶる高性能になったこともあり、ファイルサイズがむちゃくちゃ大きい。

よってメールに添付してとか簡単に済む話でもない。

元のサイズを小さくもしたくない。

もちろん大きなファイルでもネットを使ってやり取りすることは可能だけれど、例えば100枚200枚になったらどうか。

気が遠くなる。

仮にメディアのコピーをして郵送するにも住所を聞いたり、「聞いてよいのだろうか」と不安になったりととにかく面倒。

そこで、撮影をしているその場でやり取りが終了してしまえば何も問題にならないと思うがそれが簡単には終わらない。

PCなどをその場で持っていれば簡単にコピーも出来るが。

数枚程度であれば携帯電話のように赤外線通信などで、大量のデータであればUSB接続で…などなぜ改善されないのだろうか。

もし、メーカーごとの規格が云々という話であったとしたら、せめて同じメーカーのカメラ同士であればそんなことが出来るようになってもよいと思うのだが。

一部のダブルスロットを備えた機種では、その機種内部で出来るが。

そもそもUSBのインターフェースはほとんどの機種で装備しているし、それを使ってデータをやり取りするだけの機能であればボディーサイズが大きくなったり重くなったりということもほとんどないと思えるし、何が問題なのだろうか。

そうすればケーブルを1本持ち歩くだけで済む。

 

ニーズが少ない。

そんなところだと思うのだけれど、どうも腑に落ちない。

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2011年6月13日 (月)

オンラインアルバム

061301携帯にしろカメラ単体にしろデジカメの普及がすさまじく、1億総カメラマン時代に突入すると、どうしても画像の「受け渡し」や「共有」が問題になってくる。

ハードが充実してくるとソフトや環境も充実してくるもので、そんな問題やニーズを解決する「オンラインアルバム」の類が沢山ある。

今までその類は使っていなかったのだけれど、ふと周りの「限られた範囲」の人々で写真を見せ合ってみようかと思い少し調べた。

確かにそんなサイトは沢山あるのだけれど、意外なことに今回のニーズに合致したものが見当たらない。

どれも帯に短したすきに長しと言ったところ。

それほど特別なニーズだとも思わないのだけれど。

・撮影順などではなく投稿順でならぶこと

・サイズの大きな画像をそのまま流せることとサムネイル一覧表示が出来ること

・管理者以外は特別のIDなどを取らなくても複数人が閲覧以上のことが出切ること

・個別の写真に対してコメント出来ること

・コメントがついたこと、新しいコメントなどが一目瞭然なこと

・携帯電話などでも投稿できること

・exif情報が表示されないこと

・閲覧が許可制であること

・ブラウザやメールなどで簡易に一発アップロードが出来ること

・無料で期限なく使用出来ること

などそれほど難しいとは思えない要望なのだけれど、ほぼ必ずどれか1つか2つの要望が満たされない。

AとBが合体したようなものがあれば…と思うが。

いっそのことレンタルサーバーでも借りて試用で構築してみようかとも思ったがそれも技術的に難しく。

かと言って、思い切って有料のサービスにしてみたらどうか?と思ったけれどそれでも見当たらず。

ようはサービスとしてないのかもしれない。

なぜだろうか。

逆に言えば、そういうある程度カスタマイズ出来るオンラインアルバムシステムを作れば人気は出るだろうか。

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2011年6月12日 (日)

賃貸物件

061201不動産の賃貸契約を更新した。

長く、繰り返し繰り返し更新をしているので不動産屋さんも勝手知ったるもので非常にスピーディー。

あまりにもチャッチャと進むので気にしたのか時間をもてあましたのか不動産屋さんが雑談を始めた。

「大家さんが、<今回は更新してくれるかしら>と心配していました。」

物件としては不平不満は一切なく、大家さんも大変良い人で、借主としては更新しない理由が見当たらないのだけれど、大家さんにしてみれば違うらしい。

「更新してくれるのがありがたい」とまで言って下さるのだから、少々家賃を下げてくれてもいいと思うのだが、それはまた別の話らしい。

何がどうなっているのか正確に分析することは難しいが、震災以降不動産の動向は変化しているらしい。

被災地でもないしその近隣でもないのだけれど、急に空き物件が増えたと。

3月以降、大家さんにしてみれば周辺の散歩が日課になってしまい、近隣の賃貸物件、規模や内容に関わらずその空室率が気になって見て回っているそうだ。

あそこの賃貸の前に引越し会社の車が横付けされた。

他人の所有物件でさえも、そんな光景を目にすると悲しくなると。

被災地でも一部は空室率ゼロの状態になっているとか、全く借主が見つからないとか。

他府県でも場所によってはそんな状況がところどころ目にされる。

明確に理由を説明できるケースもあるが、全般的に後付け的で無理やりな感が否めない。

たぶん、現状ではまだ人々も右往左往の状態なのだろう。

もう少し経って落ち着けば、それが一体なんだったのか、どこが物件過多でどこが過剰なのかはっきりしてくるだろう。

大家さんの不安はまだしばらく続きそうだ。

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2011年6月11日 (土)

漁網からミサンガへ

061101ミサンガよりも携帯ストラップの時代だと書いたらミサンガのニュース。

あるところにはあるらしい。

このミサンガは岩手釜石の活動だそうだ。

使用されるのはなんと「漁網」。

たしかに船が壊れたり沈んだり流されたり。

または漁港の損壊や水産加工会社の罹災など様々な理由で漁業関係者の失業も多い。

漁業関係と言えば網があるわけで、それは網だけに糸が使われており、するとミサンガという発想になるのは自然で一つの活動として白羽の矢が。

画像を見る限り、紐状のよくあるミサンガと比べても「網状」になっているようで「一風変わった」感はあるかもしれない。

しかし案の定問題は「販売ルート」になるわけで、この商品は「県内百貨店」や都内アンテナショップで売られるとのこと。

「支援」には程遠い販売チャンネルだ。

いつものように、このような商品を大体的に全国・世界レベルで販売するプラットホームがないことが忌々しい。

科学技術大国でありながら、なぜかいつもアナログだ。

 

そしてもう一つ最大にして最難関の問題も横たわる。

自然に切れれば願いが叶うと言われるミサンガ。

しかしこのミサンガは漁網で作られている。

願いが叶うのは当分先のようで、まるで被災地の現状そのものを映し出しているようだ。

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2011年6月10日 (金)

暗闇列車

061001静岡県庁での会議の様子。

首相退陣など他の話題にすぐに飛びつき、もしくは飽きたら次の話題を作り上げ移っていくテレビで、最近は節電だとかの話題も少しずつ影を潜めつつある。

かろうじて触れられる節電と言えば、効果の期待が薄いものや、本気で言っているのか?と疑いたくなるようなものも多い。

経済界が業界ごとに週3休制の導入などを発表するが、それでも全国的な「電力不足」はギリギリのところの様子。

無駄な電力を削減するという意味では全く機能していない国会を週休6日制くらいにして、歳費を日割りしてやれば相当財政にも効果があると思うが。

先日久しぶりにある私鉄に乗った。

地下鉄ではないが、多くの駅でホームに屋根がある程度を通りこして「駅舎の中へ入る」ような形状になっており、「青空プラットホーム」ではない。

始めは全く気づかなかったのだけれど、ふと思えば日中なのに車内が異様に暗い。

何かと思えば節電。

車両内自体が節電しているのは頻繁に目にするが、実際は駅も節電をしており、線路やホームの上をまたぐような形で駅舎がある場所では、その駅舎やホームの大きさにもよるが長ければ長いほど日の差し込む場所が限られてきて、辺り一帯真っ暗。

さすがに「これでよいのか?」との疑問が湧く。

犯罪の温床にもなるだろうし、第一電車の乗り降りが危険極まりない。

これは本当に「真っ暗」と言っても過言ではない暗さで、非常灯の明かりだけの映画館のよう。

たぶん、駅で電車を待つ人にとってはそれほどでもないのだろうが、今まで電車に乗ってきた人にしてみれば明るいところから時速数十キロで暗い場所に入るのだから瞳孔が追いつかない。

「乗る人」よりも「降りる人」のほうが危険だ。

あとは、駆け込み乗車などもそうだろう。

節電もここまで行くと狂気だ。

エネルギー不足のために電力消費を落とすのも大事かもしれない。

しかしただ闇雲にOFFする事にメリットはあるのだろうか。

電車そのものの運行本数を減らすとラッシュ時などの大混雑が予想されと言うが、乗っていた電車はそれこそ寝転がることも出来るほどのがら空き状態。

それでも走らせて、駅舎の明かりを消す節電。

これが正しい選択なのかと少し疑問に思った。

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2011年6月 9日 (木)

3ヶ月の重み

060901復興基本法案修正案が可決された。

震災が起きたのは3月11日。

そして今日は6月9日。

およそ3ヶ月が経過した。

そして今尚、電気ガス水道の基本ライフラインが途絶えたままの地域が広範囲に渡る。

いまだ避難民も9万人を超えるそう。

そんな状態で果たして生活出来るのかと思うが。

一部海外のメディアなどで取り上げられた「崩壊した高速道路が数日で完全復旧」というニュース。

そして「取り上げられたことを取り上げる」日本のメディア。

確かに高速道路は早くに復旧したかもしれないし、「絆」だとか「思いやり」がどうだとかで食堂や理容室も営業を始めたりしているだろう。

不屈の精神に感心もする。

しかし、ライフラインが途絶えたままの多くの地域も同時に沢山現存する。

そして3ヶ月経って「復興基本法案」。

一体どうなっているのだろうか。

民族や宗教の闘争もほとんどなく、中国に抜かれたとは言えいまだGDPは世界第三位にあり、年間で500兆円が動く国にありながらこの有様。

「懸命に」「頑張って」の結果がこれなら、政治に「せめて引っ込んでいてくれ」と思うのは自然なことかもしれない。

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2011年6月 8日 (水)

古川さん宇宙へ

060801ロシアのロケット ソユーズに乗り込む前の古川聡さん。

外科医を辞めて宇宙へ行く夢を実現。

アメリカのスペースシャトル計画が終了したら、今度はロシアの計画に乗る日本。

費用は数十億円とも。

円高が生かされているかどうか。

日本は宇宙へ有人ロケットを飛ばす計画はないのだろうか。

一部の人や企業が行っている「観光」目的ではなく。

もちろん、事業仕分けで科学技術の優先順位がひきずりおろされた今、そんな予算はどこを叩いても出てきやしないだろうが。

同時に、どうしてそんなにも宇宙へ行きたいのかという疑問も。

宇宙開発の目的は資源だとか移住だとか「起源の解明」だとか様々あるだろうが、宇宙へ飛び立つ人の言葉を聞くと、「地球の資源問題を解決したい」などと力説する人は無く、「子供の頃からの夢を実現」と言ったなにか違う意志を感じる。

とても危険なミッションであることは間違いないので、もちろんそんな意志が第一なのだろうし、そんな大きな夢を切望でもしていないことには宇宙飛行士になる訓練を乗り越えるのは困難だろうが。

逆に、もし研究開発目的であるならば、なぜいつまでも危険がともなう「有人飛行」を行っているのだろうか。

機械や通信と言った技術はまだ人間の手や英知、もしくは経験や工夫には追いつかないのだろうか。

打ち上げるたびにどこぞが故障して瀬戸際の作業を繰り返す日本のロケット技術を見ていると、最後の最後はやはり人の手を借りるしかないのかなと思いつつ、そんな瀬戸際な行為だからこそ一刻も早く無人になればとも思うのだった。

もちろん、無人計画が進行するようになると、幼い頃からの夢を抱いてきた人たちにとっては大きな失望なのかもしれないが。

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2011年6月 7日 (火)

上廃は逃げ道か死刑宣告か

060701 東証の斉藤社長の発言で東京電力(東1・9501)は瀕死の重態に突入した。

そうでなくても額面割れ状態の東電株だが、斉藤東証社長の「法的整理が望ましい」という発言は強烈な追い風になってしまった。

たしかに「しかるべし」なのかもしれないが。

今や大口株主に中国政府系投資銀行が名を連ねるようになったので、つぶしたところで…という気がしないでもない。

しかし一方ではもちろん第一生命のように邦人の大口株主はもちろん、ろくに引当金も工面していない巨額な社債が国内には出回っているので一つの大博打ではあると思う。

上場廃止=倒産や清算ではないから廃止にしたところでどうってことないという見方もあるだろうし。

CNNで放送されていたが、米西海岸の住民は東電もしくは日本政府への集団提訴も検討しているようで、いうまでもなく金銭の計算は国内賠償問題だけで終始するのは危険な話。

ある意味、この西海岸の住民のように「提訴」が起きた場合、被告が東電側であってくれれば倒産させてしまうのは一つの策でもあるかもしれないとテクニック論。

もちろん訴訟大国アメリカは、東電を提訴して東電が潰れればすぐに他に照準を変えるだけの話だろうが。

 

日本国内の被災者、もしくは被災地の対策が遅々として進まない現状において対外的な対策なんてしている場合でもないしそんな余裕もないだろうが、国際的な国賠や訴訟に発展する可能性を大いにはらんでいる事態だけに、現状のメディアや政府の対応には恐怖心さえ覚える。

美談や努力ばかりを並べ立てて何を求めているのか分からないが、「忍耐」なんて言葉が存在しないのではないかと思える海外勢が痺れを切らす前に、少なくとも内輪の道筋だけは立てておかないと身動きできない状態に陥るだろう。

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2011年6月 6日 (月)

ながーい休暇

060601退陣のドタバタが続く菅政権。

そんなにまでも「首相」という席はおいしいのだろうか。

いじでもかじりつくと言った感じ。

せっかく法整備されたのだから、国民投票でもしてみればどうか。

 

政治家というのは面白いもので、辞めるだ辞めないだの問題になったときいつも「仕事を続けさせてほしい」と言う。

しかし実際のところ、その人に不可欠な成果があれば、少々の不祥事があろうとも「辞めろ」だなんだの話にはならないと思うのだが。

もちろん、政党間では様々な口撃はあるだろうが。

菅首相は退任時期に関し「常識的に判断したい」と述べたそうだ。

そして閣僚には「切れ目なく仕事をしてほしい」と。

あろうことか震災が起きてむしろ菅政権は「救われた」とさえ思ってしまうのだが、引き合いに出されるのは「国難のときに首の挿げ替えを論議している場合か」との指摘を持ち出すが、国難の前からずっと大問題の存在だったわけで。

個人的には「常識的に居座っていることが理解できない」わけで、閣僚には「組閣から1年経っているのだからそろそろ仕事を始めてもらいたい」のが心情。

一説によれば日本という「列島」はこの先地殻変動によって沈む運命にあるらしい。

そんな何百年何千年スパンで見なくとも、この「劣等」は既に完全沈没の状態にあることは間違いなく思う。

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2011年6月 5日 (日)

写真ブログ

060501それこそ猫も杓子もブログという時代になってそれなりに久しい気がする。

ブログというものが広まってどれくらいの期間が経ったのだろうか。

最近でこそブログからtwitterにその主流は移りつつあるが、それでもブログにこだわる人には「なるほど」と思わせる表現がそこにあったりする。

これだからブログなのか。

いわゆるHPとも少し違い、twitterとも別物のブログにはブログなりの使い方があるのだなと感じさせられる。

発信者側である人とは違い、受けて側の「閲覧理由」はどこにあるのか。

例えば発信者が芸能人や著名人であれば、受けて側は当然ファンだからとか、最近あまり露出がないがどうしているのか様子を知りたいからとかそんなことがあるだろう。

しかし、きわめて普通の一般人が発信者であったり、分類上は著名人だけれど、自分が閲覧している理由は他にある…というケースもあるだろう。

私はその部類で、特定の著名人のファンでそのブログを見ているケースもあるが、多くは写真。

例えば流行りもののの若者向けドタバタドラマなどを主にやっている役者さんなのに、ブログでは実に芸術的で考えさせられるような作風の作品が並んでいたりする。

暴力的だったり、がさつだったり、時として軽薄でさえある役柄をこなしている人が、ブログでは繊細すぎるほど繊細な作品を並べていたり。

そんなときは少なからず、むしろ「多く」衝撃を受ける。

テレビで、スクリーンで見ているあの人は全く別人なのかもしれない。

あの人にはこういう風に見えているのか、感じているのかと考える。

どこからどうみても現代的な「流行」の真っ只中にいるような職種の人が、実にレトロで原始的なカメラを大事そうに使い込んでいたりするのを見るとなぜか恥ずかしくなる。

チャラチャラしているだけとどこか思っていた自分のイメージとは違い、もしかしたら本当に良い物や好きなものが明確なのかもしれないと思い直したり。

そしてそんな「選眼」は自分にはない…とか。

丹念に作り上げられたブログというものの魅力は、私にとってはとても大きい。

決して真似できないが。

ほとんど人気がないようで、名前を聞いても誰かさっぱり分からないような芸能人が、強烈なブログを持っているのを発見すると大きな喜びを感じる。

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2011年6月 4日 (土)

隣の世界

060401今自分の生活に何が足りないかと考えてみる。

当然のようにあれもこれも思い当たるのだけれど、それをまとめてみれば、仕事以外ほとんど何もしていないということに突き当たった。

正確に言えば、例えば気分転換にと山へ登っても、よく考えてみれば登っている最中ほとんど仕事のことを考えていたり、山の中にも仕事のヒントや答えが落ちていないかと考えあぐねている自分に気がついた。

このままでは小さくまとまってしまいやしないか。

そんな不安を覚えた。

定休日というものがある仕事ではないので、うかうかしていると何ヶ月も休み無しで走ってしまうことはザラで、2年ぶりに外食をしたとか、何年ぶりに洋服を買ったとかそんなことを普通にしてきたことに気がついた。

会社と自宅、そして通勤時間を除けば、それ以外の目的で屋外にいたことが年間でも数時間しかないという年が何年もあった。

そこでこれからしばらくは、もう少し外に目を向けてみようと思い立つ。

目的がなくとも時間を見つけて外に目を向けることで、何か発見があるかもしれない。

そしてそれが仕事のよいヒントや刺激になるかもしれない…

と結局元もこうもない部分に戻ってしまうのだが。

そこでさっそくカメラを手に散歩を。

思い立ったが吉日とばかりに出かけたが、運悪く外は雨。

傘をさしてあるく自分に、なんと柔軟性がないのだろうかと飽きれたが、それでも「ここで挫けては全てがご破算」と奮い立たせて出かけた。

3kg級の三脚にカメラをつけて担ぎ、傘を差して歩く異様な風景に怪訝な視線を浴びせられながら小一時間。

そこそこいい感じに濡れてしまって帰宅。

写真を整理しながら思った。

結局のところ、気に入った写真は「自宅隣の青空駐車場」で撮ったもの。

なんと狭い。

次の手を考える。

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2011年6月 3日 (金)

見えない色

060301実際目に見えているものとは違う側面があると感じる事が多々ある。

例えば懐中電灯。

最近ではLEDの物が主流になっているが、意外な程色の違いを感じることがある。

見ているだけではほとんど感じないのだけれど、写真に撮ってみるとそれが如実になる。

違いがなければ「虹」が出現し得ないように、例えば宇宙から降り注いでる光や地上を飛び交う光にも色の違いがあるように同じLEDでも違いがあるものなのだろうか。

光源に限らず物そのものにも目に見えない色がある。

どう見ても白い花びらなのに、光を当ててシャッターを切ると時として全く別物のように写る。

これは花びらの肉質や厚みの違いから来るものも含まれるのだろうが、光に反応する物質が云々というケースもあるだろうし、また違う要因が絡んだりすることもあるだろう。

それらは実に意外で、「やってみないと分からない」ことも多い。

 

社会に横たわる問題でも、経営や経済でも、様々なことにおいて「これが問題だ」と見えている事と、実際の問題の根っこ、もしくは改善点や手法は全く違うところにあることが多いと感じる。

例えば、経営が苦しいある企業で話をしていると、客層を増やすにはとか、経費を削減するにはとか、新たな事業を加えるとか、あるいは既存の収益性の悪い事業を切り離すとか、経営者と話をするとそういった事業戦略的な計画ばかり聞かされる。

経営者は案外、経営を「高度」に見えるように、実は単なる「複雑怪奇」にしたがるもの。

しかし、見聞きしている側から言えば、明らかに事業云々ではなく、経営者本人がガン。

そこを挿げ替えれば実に単純に好転するだろうとはっきり感じる。

 

意見する側としては、LEDライトのようなものをあてて視覚的に問題点を浮き上がらせられるようにしたいと思うのだけれどこれが写真と違ってなかなか難しい。

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2011年6月 2日 (木)

分捕り合戦

060201税と社会保障の一体改革に関する政府の集中検討会議では25年度には消費税を20%程度にする必要があるとの推計も示しているそう。

消費税を含め「税率」というのは長くタブーとされてきて、税を触った政権は滅びるとまで言われたけれど、「メディアの協力」もあって最近では増税容認派がずいぶん増えているように見える。

中でも消費税は基本的には目的税でもなくオールマイティー化しているので常に増税の主役。

もともとは消費税というのは社会保障費問題を抜本的に解決する魔法の杖のように登場して「目的税」だったはずだが、いまや「基幹税収」と化してしまった。

この議論は「アンタッチャブル」な感じででも常に「議論の主題」というとても不思議な感じのまま長く机上にあり、アンタッチャブルなだけにうやむやのまま終わることも多く、しかしまたすぐに机上にやってきて時間を割かれるという妙な存在。

この何年も続く議論をいつも不思議な気持ちで見ているのだけれど、はっきり言って消費税なんて根本的には10%でも20%でも同じだと思う。

必要だというのならば、ちまちまやってないでさっさとたたき上げろと思う。

それって絆創膏をはがすときに、一気にはがすがジワジワはがすかだけの違いに過ぎないのではないだろうか。

どっちにしろ痛いものは痛いし、ジワジワやると「感覚が鈍化」するだけの話でむしろ人々の対策対応が遅れるというデメリットさえあると思う。

10%でも20%でも同じだと思うのは、もちろん実生活では大きな違いがあるが、国全体として考えたときは、そこに存在するお金というのは限られていて、そのうちのいくらを右に置いていくらを左に置くかという程度の話にしか過ぎないと思うから。

結局10なら10のお金や資源や価値をあっちこっちに振り分けて暮らしているのが国や社会なのだから。

つまり、税率がいくらであろうと国全体にあるお金の「総量」を変えないことには経済的な問題は何も解決しないということ。

どれだけごまかすかとかどうやって痛みを分散させるかという話に過ぎないということ。

 

ある報道では世界の個人金融資産残高は121兆ドルだとか。

金融資産100ドルを保有する富裕層数は1,250万人で、その42%は米国人で522万人。

つまり、中国がどうのとか言っても、結局のところこのアングロサクソン系というかユダヤ系の資産をぶんどって来ないことには話しは始まらないのだと思う。

逆にまだまだ購買力平価が日本よりも遥かに低い中国というのは市場として拡大路線にあるからマーケットシェア的においしい話なのだろうけれど、所詮薄利多売の「消耗戦」になりかねないという話なのだと思う。

 

消費税だろうと何税だろうと何%でもいいが、抜本的に国内の資金量を増やさないことには何も解決せず、税率云々よりも「分捕り合戦必勝法」議論の方に花を咲かせるのが急務だと思うが、なかなかそんな話は聞こえてこない。

要は国にとって「増収」すればいいわけで、増収するには「税率」だという観点がそもそもおかしいと思う。

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2011年6月 1日 (水)

ミサンガから携帯ストラップへ

060101_2岩手県陸前高田市の荒野と化した被災地にポツンと1本立つ松の木が「象徴」として有名になった。

なぜあれほどまでまでに瓦礫の平原のようになってしまった場所で1本、しかも決して大木ではない感じで立っているのか、それこそ神秘的でさえあるこの松は本当に「奇跡」という言葉を持ち出したくなる感じ。

 

060102 そんな松だから、やはり「携帯ストラップ」になった。

売り上げの一部を一本松保護や名物の松林復活の活動に使用予定とのことで、言ってみればチャリティーの一環みたいな商品というか活動。

なるほどね、と思ったもののたぶん意外と手に入らないかと。

全国各地で色々な「記念品」や「地元活動品」などが発売されたというニュースはあるものの、実際はそこに行かなければ手に入らなかったり、もしかしたらネットで販売しているのかもしれないけれど明確に商品を特定しなければ辿り着けなかったりするのが常。

かと言ってその1個の商品のために「特定商取引」掲げるのも大変だったりサイトを作るのが大変だったりで、企画はよくても案外収益は少なかったりするのではないだろうか。

そういうものを一切合財集めたサイトなどが出来ても不思議ではないと思うのだけれど、なぜか目にしない。

不思議だ。

それこそそれ専門のNPOでも出来そうだし、そのNPOの告知が難しければヤフーや楽天などでもショッピングサイトやポータルそのものでリンクできそうなもの。

なかなか世の中が回るには重苦しい。 

 

ところで、もう10年やそこら、何かと言えばすぐに携帯ストラップ。

お土産でも記念品でもストラップ。

しかし「二昔」くらい前ならばそれは「ミサンガ」だったような。

特に、チャリティー系などならば。

サッカーの流れだと思うが。

自分も昔ミサンガをしていた懐かしい記憶が。

自然に切れたら願いが叶うとか言って。

ではそんなミサンガはどこへ行ったのかと言えば今でもあるのだろうけれど、本家のサッカーでも最近はシリコンだかで作ったリストバンドが主流。

確かにつけたり外したりも出来るし利便性も高いだろうけれど、「雰囲気」はずいぶん失われてしまったと思う。

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