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2011年7月31日 (日)

エネルギーの転換

073101東日本大震災復興対策本部を欠席した海江田経済担当産業大臣。

首相は「大震災に対する対応、原発事故に対する対応について、内閣としてやるべきこと、もちろん100点とは申し上げないが、私はやるべきことはしっかり取り組んでいる」と言ったそうだが、さすがだ。

震災からの復旧復興には経済は関係なく増税で賄おうとするだけあって、経済産業大臣の出席は必要ないということだろうか。

震災直後に、過去の為替介入程度の通貨取引を「政府系運用機関」が行っていれば、計算上震災の損害金や復興資金は十分に市場で調達出来た計算になるが、そんな行動を日本政府が行うわけもなく。

現在原発問題に絡み、「再生可能エネルギー」という言葉が独り歩きしているが、このエネルギーという言葉はシンプルでかつ深いといつも思う。

エネルギー転換の法則と言ったか、既存のエネルギーは転換されるとき、必ず同等のものとなるというようなことを中学くらいでやった記憶がある。

「転がるタイヤは低燃費」というCMが流れているがまさにあれで、ガソリンを爆発させて車を走らせたとしても、必ず前進力と共に熱や摩擦など様々なエネルギーに転換されるわけで、それを出来るだけロス無く伝えられれば低燃費になるということ。

一方で日本経済というのは独特で、ある一つの大きな力が作用したとき、なぜかその嵐が過ぎ去るのをじっと堪えて待つ傾向にあると思う。

ということはWのエネルギーが必要になるということではないだろうか。

まずは嵐に「耐えるエネルギー」が必要で、その次は嵐のエネルギーが生み出した破壊のエネルギーと同等のエネルギーを自ら生み出して修復。

つまり自然の猛威が生み出す人知を超越したエネルギーと同等かそれ以上のものを人力で生み出さなくてはいけない計算になる。

しかも自然の「蓄積したエネルギー」と同等の期間は待てないので短期間で。

普通に考えて強烈な無理が発生するはず。

耐え忍ぶことを美学とするのも良いかもしれないが、経済においてそれは「負担」でしかなく、強烈なエネルギーをいかにロス無く次に伝達させていくかの発想が無ければ、永遠に少しずつ削られていくだけではないだろうか。

そんな姿勢の国に、「再生可能エネルギー」という分野が向いているとは思えない。

単に、「危険性の低いエネルギー」という着眼に終始するのではないだろうか。

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2011年7月30日 (土)

戦後最高値を目指して

073001














円高が進行してきている。

震災後マークした戦後最高値の76.25円にあと60銭程度という所まで来て7月が引けた。

米債務上限引き上げ案が議会で不承認に、または採択が延期されるなどの事由で円高が進行…と解説している向きも多いが、そんなことは一つのエッセンスに過ぎないのかもしれない。

ユーロはギリシャやスペイン、その他脱退だとか崩壊だとか様々な問題を抱え、アメリカが債務上限問題から予算が停止するとなれば、必然的に消極的に円は高騰するだろうが。

円高というより、ユーロやドル安。

2大通貨に難があれば、人民元もまだまだ不可解な通貨であるし、市場規模から言って選択肢が他にあまりないということと、円を買ったというよりもドルやユーロを売ったということで。

しかも「このタイミングで!」と嘆くばかりの証券業法の改正。

いわゆる総量規制みたいなもので、今や日本市場頼みの綱と言われる個人投資家の首を消費者保護とやらの名目で絞める。

もうどこにもいけないといった感。

一国の経済が沈没していくときには通常通貨安が起こる。

ジンバブエや北朝鮮が記憶に新しいが。

しかし、場合によっては逆に通貨高が起きても国は沈没するという良い例をここで目にすることになるのかもしれない。

しかも経済や政治というよりは、相対性理論的に。

もとよりお金も回らず、社会保障費が増大し、経済が超低空飛行をしている時期に、大災害が起きてにっちもさっちも行かなくなっている状態で起きる通貨高。

株価が低迷すると「実体経済を表していない」とコメントする閣僚も、通貨高は「注視している」に留まり、相変わらず「もてあそばれる経済」であるまま。

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2011年7月29日 (金)

新潟豪雨

072901他府県に居て、ちょっと忙しくして情報から遠ざかったら、一体何があったのか?と驚くばかりの様相。

新潟で豪雨による激しい被害が出ている。

激しい雨でとか、そういうレベルではなく、足元どころか腰まで、あるいは胸までの冠水という惨事。

川が氾濫し、堤防が決壊し、何十万という単位で非難。

連続雨量も記録を塗り替えているらしい。

この豪雨が新潟から震災被災地福島へかけて襲った。

お隣韓国でも甚大な被害をもたらした。

一時はゲリラ豪雨という言葉が流行語にもなったが、あれは局地的であってもあくまでも短時間だったが、今回の豪雨はしつこいようで、何分どころか何日という長さで滞在するらしく、大きな被害となる。

新潟は4年ほど前にも豪雨被害を受けているし、中越沖地震もあったし東日本大震災でも被害が及んだ。

なぜこれほどまでに連続するのだろうか。

これだけ続けば少々家屋が傷んでも修理する気力も財源もなくなるだろうが、そうなると弱った建築物が次の揺れに耐えてくれるだろうか。

海岸部や河川部だけに限らず、新潟市内まで襲ったこの災害を見ていると、天候がおかしい・地球がおかしいといい加減聞き飽きて鈍化してきてしまいそうな言葉を改めて思い出す。

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2011年7月28日 (木)

ゲームは街でやれ

072801任天堂(東1・7974)が苦しんでいる。

大騒ぎをして発売した3DSが発売半年でいきなり1万円の4割引き。

なにやら柱になるソフトが出なかったということで販売が低迷したとか。

四半期決算で377億の損失で、四半期ベースでは初の営業赤字。

最後の砦とも言われるゲーム業界にも不況の風か。

 

先日、某主要都市の駅地下に居た。

ある一角に大人子供関係なく沢山の人が床に座り込んでいる。

一体何事かと思えば、人気ゲームの「協力場」とやらで、通信性能などを使って見ず知らずの他人と協力しあって云々と・・・

ゲームを全くやらないので理解に乏しいがなんとなくイメージは。

ゲーム業界にも不況の嵐とは言え、昼日中から大人まで混じって多くの人が街中の地面に座り込み、携帯ゲーム機に興じるあの光景は、外国の方々はどう思いながら見るのだろうか。

この国は不況なのだろうか。

世界的に見ればこれだけの人たちが携帯ゲーム機を持ち歩き、しかもなんの犯罪も起きずに大都市の地下でゲームに熱中できるこの国は平和そのものかもしれないが、この光景が続くようであれば先はかなり暗いと感じざるえなかった。

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2011年7月27日 (水)

ファン逝く

072701仕事で使っているパソコンの1台がかなりうるさくなってきた・・・のはかなり前。

基本的にはファンがフル回転しているような音だったので、ホコリが問題なんだろうとずっと思っていた。

そのうちキーンという金属の擦れるような音が。

もしかしたらHDDか?という疑問も湧き、バックアップもまだ取っていないこのままの状態で放置すると大変なことになると思い、蓋を開けてしばらく使用してみた。

犯人はグラフィックカードのファン。

高温を発しながら凄まじい音を立て唸っている。

掃除をしてみても状態の改善は見られず。

24時間365日回転し続け、5年くらいたてばもはやアウトなのだろうか。

やむなく思わぬ出費でファンの取替え。

 

証券の総量規制が始まるまであと数日というきわめてスリリングで多忙なときによくぞやってくれたものだと。

あまりに頭にきたのでついでにパソコンの中に掃除機のノズルを突っ込んでホコリの一斉掃除。

ファンも取替え蓋をしめて元通りに。

今度はやけに静かで、立ち上がっているのかどうか不安になるほど。

金切り音がなくなればなくなったでなんだかさみしいような。

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2011年7月26日 (火)

円高ターゲット

072601円高が進んでいる。

画像はここ最近のドル円相場のチャート。

ドル軸。

東京市場でのもの。

戦後最高値を更新したのは東日本大震災後、3/17日の海外市場で76円台に突入したが、その後すぐに各国との強調介入があり急速に80円台半ばまで戻した。

よって東京市場で言えば76円台というのは「幻」のようなものだったのだけれど、その戦後最高値が更新されそうな勢いだ。

現在78円台がこなれてきている。

ただ、3月のケースと違うのは、これが必ずしも円要因ではないということ。

3月は震災後のエクストリームだったが、今回はユーロ、もしくはドル不安から起きていると考えられ、円高というよりドル安、もしくはユーロ安。

こういうケースに顕著なのは、真綿で首を絞めるようにジリジリと迫ってくるということ。

特にドル安の時には急な動きにはなりにくく、ゆっくりとそれでも確実に攻めてくる。

逆に言えば、対応のしようがあるとも言えるのだけれど。

加えて8/1から始まる証拠金規制。

現行で最大50%まで許可されているレバレッジが、25%にまで半減される。

ここで投げも大量に出るはずで、月末まで、もしくは月明けの月曜日の混乱が見込まれる。

 

…政府は、「注視」しているそうだ。

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2011年7月25日 (月)

日本製品を逆輸入

072501FTAの協議はどうなっているんだと時々思い出す。

政権が機能していないのでそんな協議が出来るわけもないのだけれど。

FTAの問題でいつも真っ先にぶら下げられるのは農家などの営業補償。

安い農作物が入ってきた場合、被害を受けるのは農家で、その分の補填をしろという話。

果たしてそうなのだろうかと思うが、多分、ある部分ではその通りなのだろうけれど。

では一方で工業製品はどうかと言えば、外需依存と言われる日本だけれど、資源不足でもあるので「出す事」ばかり考えても「入れる事」を考えないと相殺されてしまうように思う。

そんな工業分野はFTAで得になるかと言えば、そんな理由であまり断言出来ないと思うが、仮にFTAが進まなくとも手はあると動き出すのが工業界。

農業の世界でも輸出に活路を見出そうとしている人も多いが。

 

例えば日産自動車の場合は、黙っていない。

需要拡大をするコロンビアへの輸出を計画したとき、多くの国とFTAを結ぶ韓国などと戦略的に「価格負け」してしまう。

そこで日産はメキシコに工場を作り、そこからコロンビアへの輸出を試みている。

考えてみればその手があった。

日本メーカーでも生産地を変えれば「日本からの輸出」にはならないわけで。

工業界にはこの手があった。

ということはFTAの問題がおざなりになればなるほど、日本国内での経済雇用の空洞化は進んでいく可能性が高いと言えるのかもしれない。

いずれは「逆輸入」が主流となって、日本の人たちが高い税金を払って日本メーカーの製品を買う…そんな時代もやってくるかもしれない。

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2011年7月24日 (日)

地デジスタート

072401とうとうアナログ放送が終了。

29万世帯が未対応とか。

実際はそんな数ではすまないと思うけれど。

市場では機器の品薄や高騰の嵐で、案の定買い占めてオークションで出している人とかも沢山いた。

実際知り合いからも、チューナーが余っていないか、安く手にはいらないかというSOSの電話が一体何本入ったことか。

政府や総務省の対応がとか言うよりも、締め切りが迫れば品薄になり価格が高騰しというのはなんでも同じだと思うので、自然の現象だと思う。

実際テレビCMでも、期日間近にはそういうことが予想されるから早めの対応をと散々呼びかけていたのだから。

ただ問題は高齢者や身体が不自由な人など、早く買う買わないの問題ではなく、テレビ難民になってしまった人たち。

もしくはやむなき事情で役所などで無料配布されるチューナーなどをもらえにいけないような人たち。

多分これらが把握できないほど多いのではないかと。

 

ところで、自分もどうしたものかと考えていたが、いざリミットが来てみると…

アナログがそのまま映る。

時々ノイズが入ったりブルーバックになったりと問題は見られることがあるものの、基本的に見られる。

聞けば2015.3までCATV各社はデジアナ変換をして流しているとか。

うちはCATVに入っていないが、いわゆるアンテナがCATV会社の有線で引っ張っているようで、料金を払わずともキー局各社の放送は見られる状態だったらしい。

よって、いまだにアナログ。

この告知をテレビCMなどでは全く耳にしなかった。

テレビ局がCATVでの対応などのアピールはしにくいのかもしれないし、総務省も2015年などと言わず出来るだけこのタイミングで地デジ化してもらいたかったのだろうし。

しかし、やむなく高額機器を購入した人もいるだろうし、様々な事情で2015年までならば良かったのにこの時点で変えることに大きなマイナスがあった人もいるだろう。

この告知不足は少し問題だったのかもしれない。

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2011年7月23日 (土)

地デジ化の価格推移

072301地デジへの以降残り1日を切って、テレビもチューナーも超品薄状態になっている。

しかも、事前に大量に購入したのだろう人たちからひどいものでは倍値近い価格で売りにも出ている。

商魂。

当たり前と言えば当たり前だし、チャンスを逃す人と、静観する人と、そして掴み取る人と。

震災の影響とも言われるが、6月末~7月初旬くらいにはテレビもびっくりするような価格で沢山出ていたが、現在はそれらも姿を消した。

テレビなどの高額商品はまだしも、チューナーに関してはそれなりの量が流通しそれほど問題にならないかと思ったが、ここまで品薄になれば当然のように高騰。

では、地デジ移行後の価格と品数はどうなるだろうか。

当面は2台目だとか、品切れで入手出来ていない人の需要があるだろうからあまり変わらないだろうけれど、一段落した頃、価格は安定するのだろうか、それとも崩れるのだろうか。

生産も抑えられるだろうからそれなりに価格維持されるのだろうか。

そしてその時期はいつ頃だろうか。

 

さて自分はどのタイミングで購入するかというのをずっと考えていたが、一部は事前に購入して「とりあえず」な対応はしておき、後々「全部対応」にしていこうかと考えた。

吉と出るか凶と出るか。

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2011年7月22日 (金)

甘かった

07220109年衆院選の民主党マニフェストについて幹事長・党首とも、見通しの甘さを認めた。

無理を認めてマニフェストを引っ込めろ、修正しろとこの話題だけでも長々と「言い合い」をしていたが、結局今頃になってそんな会話が。

さて、そんなことを認めて何がどう変わるのだろうか。

一つの儀式に過ぎない気がするが。

儀式も大事と言われれば大事なのだろうけれど、費やされた時間と費やす時間を考えて、費用対効果が見合うのか大きな疑問。

国会にしろ委員会にしろ、実務実働というよりも儀式や風習ばかりなのを見ていると、なんとも無駄に思えてならない。

とどのつまり、「これが情緒であり風情なのか?」と思うまでなのだけれど。

首相は、「財源問題で見通しの甘い部分があった。不十分な点は国民におわびする」と陳謝したようだが、では甘くない部分はどこだったのだろうか。

後学と正等評価の為に是非知りたいと思う。

何か、「やったこと」はあるのだろうか。

実現出来たことがあるのだろうか。

多分、子供手当ても出した、高速も無料化したとそれにすがって言うのだろうが、いずれもダメになっているし、その大きなしわ寄せがどっと押し寄せていることを棚に上げないと「やった」とは到底言えない。

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2011年7月21日 (木)

きゅうりの出番

072101病気平癒をキュウリに託すという伝統行事が香川県小豆島にあるらしい。

その名も「諸病きゅうり加持」。

全国、全世界には実に変わったお祭りや風習があるもので。

なぜにきゅうりに託すのか。

その経緯にとても興味が湧く。

 

そもそもきゅうりは好きでよく食べるけれど、ある時きゅうりには実は栄養がほとんどないと知りショックを受けた。

聞けばきゅうりはその栄養の無さがギネスにも登録されているとか。

確か「もっとも栄養の無い野菜」とかいうことで。

なんとも不名誉な記録だと思うけれど、でも好きだからそれでもいいのだけれど。

そして香川には、きゅうりをお供えして病気平癒を祈願するということなので、たとえ栄養が無いと記録されても、全国世界のきゅうりはきっとそれなりに頑張っている。

と、いちきゅうりファンとしては思うのだった。

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2011年7月20日 (水)

関電管轄内でも10%削減

072001結局関西電力管内でも10%の節電協力を求める方向に。

政府と電力会社と言っている数値に違いがあるのも不思議だが、とにかく関西でも電力が不足する懸念があるようだ。

一時は、「関電から東電へ送電を」なんていうことも議論されたほどなのに、いまでは節電が進んでいる関東から関西へ電力を売ろうとまで言われるほどに。

一体なにがどうなっているのだろうか。

状況の変化というが、原則的に事態は何も変わっていないように思うし、ある程度の変化は容易に予測の範囲内だと思うが、今の政府には「先見」という言葉は存在しないのだろうか。

後手後手と言えばそうだが、常に対処療法というか、対処も出来ずにてんやわんやで「火消し作業」ばかりに思える。

それこそ「事務方」でも出来ることではないのだろうか。

いつも思うが、この政権の最大の功績を無理にでも騰げるならば、政治を国民に近くしたということかもしれない。

しかも少し異質の。

今の政権をみているとまさに、「誰でもいい」と思え、成果が出なくても給料がもらえるのだから、自分もやろうと思う人が増えるのではないかと。

失業者などにはまさに夢のような仕事だろう。

その仕事に対する能力ゼロでも国民平均年収の何倍ももらえる。

しかも、ごそごそしているだけでいい。

こんなすばらしい仕事はない…と多くの人に知らしめた功績は大きいかもしれない。

そうすれば、いずれその中からひょうたんから駒でとんでもなく優れた政治家が出るかもしれないので。

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2011年7月19日 (火)

君は諦めてくれて構わない

071901 何を?

そういう突っ込みが乱射されそうだけれど、菅首相はなでしこジャパンの優勝に際し、「私も諦めずに頑張る」とコメントしたそうだ。

例えばそれが余りに特異だとしても、偏った見解だとしても、大局的でなかったとしても、その人のやりたいこと、やろうとしていることが明確であれば批判を受けようとも「頑張る」のも分かるが、この人の「やりたいこと」が全く分からない状況でそう言われても、「何を?」としか言いようが無い。

終始一貫して何かを述べてきたわけでもないし、政治家として何かにライフワークとして取り組んできたわけでもなく、思いつきで無根拠にふらふらしているだけで何を頑張るのだろうか。

「諦めずに」というが、諦めることも特段ないような気がするのだけれど。

「首相であること」を諦めないということだろうか。

ここまで「見えず」、「感じず」なセンスは見上げたものだ。

 

言えることは、「安心安全な国民の生活」を、国民はとうに諦めた…ということくらいだろうか。

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2011年7月18日 (月)

なでしこ優勝

071801 















こういうのを神がかり的と言うのかもしれないが、FIFAワールドカップ女子で「なでしこジャパン」が優勝。

身長差といい、体格といい、経験といい、なぜ優勝できるのか分からないが優勝して、「粘り強さ」と評されているがまさにそれしか言い様がないような感じ。

奇跡的というか、驚きというか、良い意味で唖然とするというか。

全員が全員、インテルでサイドバックとして活躍して驚きを与えている長友選手のように、親子ほどの身長差の中でよくぞここまで踏ん張ったと感心する。

どの試合と言うことなく、どの試合でも執念で勝ちを「もぎ取る」ようにして勝ち進み、まさかの優勝。

しかも超強豪アメリカをPKで打ち破って。

先取点を獲られた上で延長まで持ち込んだこともすごいし、PKではセーブや失敗も含めまさかの3本×。

普通、PKで3本も失敗するなんてことはそうあることでもないのに、まさかのワールドカップの決勝でそれが出現するとは。

もはやなんと言っていいのか分からないが、本当にすごかった。

プロリーグ歴も長い男子は一体どうなっているんだとも思う。

 

そして何より、こんな試合を携帯電話のワンセグで観ていた自分もどうなっているんだという感。

実に臨場感の無い「歴史的試合」だった。

そういえば自分は、幼稚園で「なでしこ組」だったなんてことも思い出しながら。

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2011年7月17日 (日)

一人舞台

071701通常、政権批判がされる時というのは政策云々に関し見解の相違や読みの違い、あるいは価値観のぶつかり合いが起こるものだと思うが、現在は少し違う。

単に、意味不明な形骸化した政権に対して「遊んでいないで政治をしようよ」程度の「お誘い」をしているレベルでだんだんバカらしくなってきている風潮を感じる。

そんな「脱原発という私的見解」を持つ首相が被災自治体の首長らとの意見交換会を行った。

脱原発なんて簡単に言わないで欲しいと首長から要望が出たようだけれど、まさにその通りと言った感。

何かをよく考えて発言をするということはこの人の場合奇跡に近いのだろうけれど。

試しに、「脱原発」の具体的方策を聞いてみたいと思う。

再生可能エネルギーという言葉が好きらしいので、その一言でまとめようとするだろうけれど、経済界への影響、国民生活への影響、エネルギー社会転換への費用、既存の「原発経済」への対応、当然ながら再生可能エネルギーの具体的方策、何一つ明確なことは聞こえてこない。

もっとも、考察少なくスローガン的に物事を発するのはこの政党のお家芸でもあるけれど。

それは人材不足なのかなんなのか理由は分からないが。

 

「もっと我々と密に連絡を取ってほしい」などと、情報不足への強い不満の声もあったようだけれど、それは残念ながら回りにいる閣僚や関係官僚も全く同じ気持ちだろう。

さっさと辞めて欲しいという発言が出てこないだけ、大人な人に囲まれているという点では強運の持ち主なのかもしれないが。

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2011年7月16日 (土)

ウルトラクールビズと復興支援

071601節電の為、全国的に広がりつつあるウルトラクールビズ。

その一つの例として、自治体などで被災地支援も含めてTシャツを製作する事例が増えているらしい。

画像は新潟市の職員互助会作成のもの。

ウルトラクールビズに関しては、これでよいのか?と思わせるほどのものまで登場してきて話題になったりもしているが、ある一定の統一性を持たせるという意味では良い案かもしれない。

さて、どこ製のシャツなのかという疑問は残るが。

案外「Made in China」とか書いてあるのではないかと思えたり。

それでもプリントして製作し、多くの人で着用するということにはそれなりの意味があるだろうけれど。

で、これが被災地支援にどうなっているのだろうか。

被災地支援では色々なものが販売されたりしているが、その販売網がまばらで、ニュースを目にしたときには意識するけれど、さて実際に購入して貢献しようとすると途方に暮れることも少なくなく、チャンネルの確立が必要・・・というより効果があるのではないかと思う。

どこの自治体でもNPOでもなんでも良いけれど。

例えばアンテナショップなどで販売されるなどしても、都道府県別に各所を回るのは困難であるし、ネット販売でもサイトを動き回るのは面倒で、震災に限らず「支援品販売」のポータルがあっても良いのではないかと思う。

 

ということを考えるたびに思うのは、実はそんなポータルが現存しているのではないかということ。

単に見つけられていない「サーフィン素人」というだけなのではないかということ。

そして次に思うのは、そんな素人でもたどり着けるようでなければ意味はないのではないかということ。

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2011年7月15日 (金)

最大不幸

071501脱原発宣言が、「私的見解」と改められた。

もはや「なんでもあり」となった首相の頭の中は一体何がどうなっているのだろうかと興味すら湧く。

なんでもかんでも思ったことを口にし、そして都合が悪くなると色を塗り替えたりやめたり、訂正したり、意味を変えてみたりとそんな連続で、相手にすることもバカバカしいと思うが、そんな人がこの国の首相だと思うと絶望を通り越してきょとんとしてしまう。

民主党内からも党首リコール制の検討が始まったというけれど、政治の最大弱点が見えた気がする。

例えそれが民主政治だろうとなんだろうと、一旦わけのわからないことになってしまえば総選挙まで基本的には何もしようがなくズルズルとどんな政治ですら突き進まざる得ないということ。

これこそが最大不幸なのかもしれない。

日本はコロコロと首相が変わりすぎると言われ続けてきたが、「それの何が問題なのか?」と言いたくなるほど首相が変わらないことへの不安もあることが分かって来た。

こういう人が何年も政治家を名乗り議員歳費をもらえてきたということも驚きなのだけれど、それでもじっくり考えてみると、もしかしたら過去無い大きな功績を残すことになるかもしれない。

そしてそれは彼が政治家としてやった唯一の功績になるかもしれない。

リコール制度。

現行では、基本的に首相本人しか首相を辞めさせられない。

ところが民意でその是非を決定出来るようになれば本人がどれだけその地位に固執しようともさよなら出来るようになる。

その弊害も大きいけれど、1本伝家の宝刀を作り出すことになるかもしれない。

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2011年7月14日 (木)

電力会社のガスタービン

0071401東京電力のガスタービン発電機がお目見えした。

一見すると対空ミサイルのようにさえ見えるが。

一部では、東電は本当は各所に発電用ガスタービンを設置しそれによって発電送電業務の主軸としたがっていて、本来原子力発電は彼らの本意ではないとさえ言われる。

その真偽のほどは分からないが、地域ごとのガスタービン発電は悪くないと思う。

疑問なのは「ガスタービン」なのに、東京ガスの出番はないのかということ。

もっとも、「発電活動」であるので、東電を初めとする「電力会社」の独占なのかもしれないが。

普通に考えれば独禁法に引っかかることさえありえるこの送電業務は、「安定供給」を理由に独占を許されている。

しかし自家発電自家消費というのはあるので、問題は「送電」にあるのだろうか。

自治体が自家発電を行っていても、それを一度売電し、そして送電してもらわなくてはいけないということは、どれほど努力をしようとも停電のリスクからは脱せられないわけで、再生可能エネルギーを論じる前に、地産地消を許可したらどうか。

民間が危険ならば自治体にませてもいいと思うし。

脱原発でも再生可能エネルギーでもいいが、根本が何も変わずに達成しようとすること事態がそもそも異様に見える。

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2011年7月13日 (水)

私がルールブック

071301脱原発を掲げていまだに地位に固執する低俗さに、党内から「党首リコール制度」検討論まで出てくる始末の首相。

そこに何か問題や課題が出てくると、必ず検討もせずに「改善する」と安易に宣言し、結果は常に伴わないのに「最大源の努力をした」とするこの軽さは狼少年の域に達していると思うが、今度は脱原発を掲げてポピュリズムだかヒロイズムだかに自惚しているのだろうか。

もちろん、これからも原発に頼り切って生きていこう!なんて思っている人は少数だろうが、果たしてこのような重大な問題を低俗な男の趣味嗜好で決めてよいのだろうかと考える。

脱原発=再生可能エネルギー&平和で安全な社会という確率した方程式があるわけでもないのに、まるでそうであるかのような。

それが自分の責務だと。

震災復興が責務であったり、子供を社会全体で育てることだったり、この人の責務というのは実に多種でポンポン次々に出てきて一向に何も解決どころか改善さえされない。

脱原発というのは場合によっては国民の生活を大きく方向転換させるものであったり、国や社会の構造を大きく帰ることであったり、国際社会での立ち居地にも重大に影響を及ぼす。

それをあっさりと一人の見解で舵を切ろうとする。

しかも、脱原発をテーマに解散をする気もなく、国民投票もしないということは国民の意見を聞こうという姿勢もない。

国民が選んだとすぐに言われるが、直接選挙制でもないし、国民は議員を「議会」へ送っているわけで、決定権者を選んでいるわけではなく、運命を託しているわけでもない。

何を勘違いしているのか。

 

最近時々思うが、彼には子供がいたはず。

これほどまでに醜悪は醜態を晒せば子供にも少なからず影響は及ぶはずで、それは一種の「虐待」ではないかとさえ。

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2011年7月12日 (火)

流通牛肉から放射性セシウム

071201流通した牛肉から放射性セシウムが検出された。

流通してはいけないものが流通したことになるが、どうやら原因は餌として与えてはいけない「汚染わら」を与えたことによるものらしい。

この件ではニュースになった。

しかし、ニュースになっていない食品は沢山あるだろう。

一時は「福島産の農産物は安全安心」と散々アピールしていたがその根拠はどこにあったのだろうか。

流通先は思いのほか広く、西日本にまで渡っているらしい。

監督庁はすぐさま「すぐに健康に害を及ぼすものではない」と発表したもののこの規制数値というのはいつも不思議。

「1年間食べ続けたとしてのものなので」

1年間食べ続ける人なんて居ないのですぐに健康に影響を及ぼすものではないとするならば、なぜそれを設定数値にしているのか。

過度の基準は営業妨害とも言えるのではないか。

極度な肉食化が急速に進んでいる日本の食生活において、何を根拠に1年食べ続ける人が居ないと言えるのか。

健康に影響がないのならば、なぜ回収するのか、なぜ省庁の食堂などで提供しないのか。

「1年食べ続けたとして」の物各種を食べたら、「1年かからずして」にならないのか。

取りざたされたのがたまたま牛肉だっただけで、臓物はどうなのか。

いつも「安全アピール」という名の偽善政治活動をしてみせるのだから、こんな時こそバクバクと食べて見せたらいいのに。

こんな事態はとっくに予測できていたし、一部では農水省は把握していたとも言われているのになぜ対応しなかったのか。

流通させてはいけないという規制する前に、安全な餌を全国から集めて支給しないのはなぜか。

これもまたお決まりの「想定外」なのだろうか。

一体何をどこまで「想定」しているのだろうか。

政治はどこにあるのか。

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2011年7月11日 (月)

震災から4ヶ月

071101東日本大震災発生から4ヶ月。

当時はまだ時折降雪もあったが、4ヶ月経ち東北も梅雨明けした。

この4ヶ月間、一体何が進展して何を学んだのだろうかと考える。

日本という国は無政府状態だということ、そして無政府状態でもそれなりにやっていけるということ、そして民間の力というのはとてつもないということ、そしてそんな民の活動や生活を政府は徹底的に妨害するということ、そして偉そうに能書きだけは垂れまくるということ。

安心安全、技術力、勤勉さ、正直さ、様々なものが色々な局面で崩れ落ちて行ったこと。

 

この4ヶ月間、様変わりしてしまった被災地の光景そのもののように、今まで見えていた気がした日本の姿が、またそれも張りぼてだった気がする。

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2011年7月10日 (日)

焼却灰から放射性セシウム

071001千葉県柏市にあるゴミ焼却場「南部クリーンセンター」の焼却灰から7万800ベクレルの放射性セシウムが検出されたとのこと。

震災以降、山積みになった瓦礫処分を引き受ける地方自治体、また住民の同意が得られず断念する自治体など様々な話が聞かれたが、今回のケースでは市内のゴミ焼却で検出されたという。

公園や一般家庭の庭などで放射線量を下げる目的で、草刈りや樹木の枝・葉の剪定(せんてい)を実施し、可燃ごみとして清掃工場へ持ち込まれたため、数値が上がった可能性があるという。

特に関東圏では公園や学校など多くの公共機関や場所で放射線の測定が行われているので、今回検出されたのは千葉であったけれど、他府県でも十分に可能性はあると思う。

ただ、測定されていないとか、発表されていないとか、大きく取り上げられていないとかその程度の話ではないだろうか。

驚きなのは、国は6月、8000ベクレル以上の焼却灰は埋め立てず、一時保管するよう指針を定めたが、一時保管後の処分方法は決めていないとのこと。

相変わらずの政治。

埋め立てなかった場合、保管場所はどうするのか、山積みになって保管場所が足りなくなったらどうするのか、その財源も環境もない自治体はどうするのか。

問題は山積みだけれど、この短絡的な政権はお題目部分だけ掲げるだけでなんの対処にもなっていない。

時々思うことがある。

国民や地方自治体は知らぬ間に相当優秀になっているのではないだろうか。

政権の「ほつれ」をすさまじい知恵と力で吸収しているように思える。

当然、それが限界値に近づいてくれば崩壊してくるのだけれど。

そんな国民や社会がなければ、この政権はとうの昔に瓦解していたかもしれない。

この政権をどう称するか。

さながら「ワクチン」のようなものかもしれない。

このウィルスに堪えれば、相当強い免疫体が出来上がるかもしれない。

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2011年7月 9日 (土)

残された安住の地

070901「お墓に避難します」

そう書かれた遺書を残し、福島県南相馬市の緊急時避難準備区域に住む93歳女性が自殺をしたそうだ。

家族や故郷から離れて暮らすこと、また原発の収束を悲観してとのこと。

「老人は避難の足手まといになる」とも書かれていたそう。

もうなんと言ってよいのか言葉も見つからない。

かわいそうとか切ないとかそんな次元の話でもないし、では原発に全ての恨みをぶつけてよいものかというのも疑問。

どう生きてどう死ぬか。

その人生の中にはどんな出来事が待っているのか。

考えても考えても答えが見つからないが、そういう現実の中で日本社会というのは今まで何を築いてきたのだろうかと考える。

地震が多いのも分かりきったこと、海岸線によっては大きな津波被害が発生することも周知のこと、電力消費が日々増加していることや発電エネルギーが喫緊の課題であったことも分かっていた。

仮に原発に頼るにしても、仮にその原発に事故が起こらないとしても、対処に困る「核のゴミ」を抱えること。

いかなる災害であれ、発生すれば外傷的でなくとも例えば経済的にも精神的にも生死の境を彷徨う人が出ること。

あらゆることがそのレベルは別にして想像に余りあることなのに、社会はただ前を向いてひた走る構造だと言うこと。

しかもその「前」はブレーキの効きやタイヤの磨耗具合、または道路状況や保険の具合、それら一切がある意味ないがしろにされてただアクセルを踏みまくる状態。

それが人間というものなのかもしれないが、たとえこの度の大災害を除いても、日本は何か間違った道をこの数十年ひた走っていた気がしてならない。

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2011年7月 8日 (金)

恥の文化

070801野党の批判に対して、「キレ菅」がまたキレたらしい。

公明党議員からの「失政に次ぐ失政を重ねながら居座り続ける『恥知らずな史上最低の首相』と烙印(らくいん)が押される前に、一分一秒でも早く身を処すべきだ」との批判に対し、「長年与党だった公明党にも責任の一端はある。他人にすべての失政を押しつけて責任を免れようとすることこそ『恥の文化』に反する行動だ」と反論。

名誉だ政治生命だ恥だと「無形」なことをやたら口にするのは政治家に共通することだけれど、国民は別に偉人伝を見たいわけではないと思う。

どんなに情けなくても、くだらなくても、みすぼらしくても、国家国民の安心安全で豊かな暮らしを実現するのが政治家の仕事であるわけで、その「結果」以外は何も入らないと思うのだが。

実現した上で、美談でも聞きたければそれを持ち出してくればいいだけで。

そもそも、与野党は「お前の政権は…」「過去の政権で…」と、事あるごとに繰り返すが、多くの議員はいずれの時代も与党であれ野党であれ「代議士」であったわけで、与党の責任・野党の責任という前に、議会でのことは代議士の責任だと思うのだけれど。

もちろん、それを選んだ国民の責任と言われればそれまでだけれど、そこまで言うならばその代議士を選んだ「選挙区民」の責任かもしれない。

野党だったから責任を逃れる、与党だったから責任が重いというのならば、野党は必要ないわけで、当然ながら責任の大きさによって与野党で議員歳費にも差があるべきだろうし。

しかし「代議士」として一律なのだから、自民党時代に、もしくは自公政権時代に原発が推進された責任というならば、その推進を許した「当時の野党」にも責任があるわけで、いつまでそんなことを言っているのだろうか。

所詮政党政治。

結果的にそうなるのだろうが、代議士が一人の政治家として動く議会は実現できないものなのだろうかと願ってやまない。

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2011年7月 7日 (木)

法と倫理

070701「やらせメール」なるものが問題になっている。

九州電力玄海原子力発電所2、3号機の運転再開を巡る6月26日の県民向け説明番組に際して、九電関係者などが社内や子会社の社員に対して「発電再開容認」というような共感を得られるメールを番組に投稿するようにと指示があったとされるもの。

まだ全容が明らかになっていないと思うので何も「断定」出来ないと思うが、この一件は非常に難しい要素が絡んでいると思う。

この問題は「倫理」や「道徳」で考えれば確かに問題であるけれど、仮に法律と照らし合わせると何に抵触するのだろうか。

もしかすると、「一つの企業戦略」とも言えるのではないだろうか。

もちろん大きな批判は受けるだろうが。

例えば企業がCMなどで自社や自社製品をアピールするのと何が違うのか。

実際にメール投稿を行ったのが社員や関係者だとして、それがもし「住民」であったとしたら、どこまで線引きできるのだろうか。

こういう問題は、なんでも司法の場にひっぱりだすアメリカの場合どう対処するのだろうか。

「法律」と「倫理」の狭間でさまよう問題というのが非常に多い気がするが、それは法整備の未熟さなのか、それとも倫理や道徳を重視する社会性なのか。

ただ、悲しいのは、そんな倫理道徳でさえないがしろにされている現代において、時と場合によって突如それを振りかざす偽善的風潮なのかもしれない。

もちろん、本件において「共感を得られるメール」を関係者が指示の元に送るということは問題だと思うが。

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2011年7月 6日 (水)

再生エネルギーこそ全てか

070601妙に「再生エネルギー」なるものに取り付かれてしまった首相は、「私の進めようとすることに抵抗することがあっても、それをはねのけて推し進めたい」と法案成立に意欲を見せているそうだ。

「流行り物好き」な人だといつも思う。

派遣労働者が問題になれば、派遣問題こそ我が政治人生とばかりに繰り返すし、自民党が高速道路料金や子供手当て関連に関して触れればそればかりに集中する。

バランス感覚に乏しいところは、「市民運動家出身」と言われるだけあって「表面善」を吟味せずにかじりつく習性があるように思えてならない。

そこにどんな意義があって、どんな問題も介在していて、そしてどんな調整や運用が必要なのかというような包括的な検討をしているのを見たことが無い気がする。

先の震災から原発問題が世界的にクローズアップされているのは事実だし、脱原発を掲げる国があるのもまた事実。

再生エネルギーも言われるし、全体的にはそう大きく間違ってはいないとは思うが、ならばそこまで執念を燃やす「再生エネルギー」こそ善だとする明確な論拠はどこにあるのだろうか。

極論、例えば再生エネルギーでなかったとしても、資源が無限に近くあり、人体はもちろん自然環境に一切悪影響が無いエネルギーが存在したとしたらどうなのだろうか。

なぜ「再生」なのか。

もちろん、概念的には再生エネルギーが「永続」には必要なのだろうが、どんなに「常識的」なこと「社会通念」だとしても、説明が出来ない限り、もしくは検証をしなくてはそれは一歩間違えば「固定観念」や「先入観」にだってなりうるわけで。

舵取りをする者としては、指針を示す、もしくは提案することは大切だろうが、場合によっては「議論を促す」事も重要な役割だと思う。

今、「再生エネルギーこそ善」と一方的に権力を振り回すことが果たして正しいことなのだろうか。

あるいは、産業経済が衰退したとしても「幸福値」を重視する立場もあるかもしれない。

 

何か根本的に誤解をしている気がする。

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2011年7月 5日 (火)

3日で辞任

070501辞めた

一体この政権はどうなっているのだろうか。

被災地の知事に対して、「俺様は代議士だ、大臣だ」とばかりに無能な政権与党さを棚に上げて偉そうに垂れたと思えば3日で辞任。

何を言うかと思えば「九州の男だから」と地域性のせいに。

九州の人にも失礼だと思うが、もし本当にそうなのだったら中央に出てくるなと思うが。

東京という意味ではなく、中央議会というのは全国からの集合体なのだから、地元に恥じをかかせてもいけないし、中庸さや協調性も持たなくてはならないと思うのだけれど、意外なことに九州の議員が「自分は九州だから」と口にするシーンは頻繁に目に耳にする。

悲しいことだと思う。

地元を誇りに思い、そのにおいを失くさないのはむしろ良いことだと思うが、それが悪影響を及ぼすシーンで発揮されるようでは意味が無い。

もちろん、九州人だからということではなく、その人の人柄なのだろうが。

3日でノーサイド。

果たしてそうなのだろうか。

代議士として残るわけだし、本人も「一平卒」などと民主お決まりの台詞を吐いているわけだし、全くノーサイドになっていないと思うが。

 

いずれにしても、3日で辞任した大臣がいたと言うこの政権の健忘録に。

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2011年7月 4日 (月)

海の家の国賠

070401全国で海開きが続く時期に入ったが、やはり気になるのは放射線量で、定められた数値を下回っているかどうかを定期的に測定するなど関係者は忙しい思いをしているらしい。

そういう意味では忙しいけれど、浜は閑散としていて、海の家を初めとして関係者は頭を悩ませているという。

そりゃそうなるだろう。

トップシーズンに入ればそんなことも気にせず訪れる人も多いかもしれないが、もともと人出が多くない時期であれば深刻な打撃を受けるのは必死。

ところで、原発問題では福島など関係各者への補償が行われ始めている。

漁業、農業が種だと思うが、それらの営業補償。

他府県でもそれを請求するという動きがあると聞く。

さて、海洋を流れてたどり着き、検出された放射線によって閑古鳥が鳴けば、遠く離れた海の家も請求できるのだろうか?

日本に限らず、例えばカリフォルニアのビーチ関係者から告訴されたりするのだろうか?

そう考えたとき、賠償額は一体いくらになるのだろう。

物事の善悪よりもあくまでも「前例」に基づく日本の司法制度なので、1本目の裁判がとても重要な意味を持つと思う。

そんな裁判、担当したくもないと思ってしまうが。

一歩間違えば、「国を倒産に追い込んだ判例」を作り出した張本人にさえなりえるのだから。

しかしエラーイ裁判官の面々は実はとても注目しているのかもしれない。

これからの指針を打ち立てる重要な役目なのだから。

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2011年7月 3日 (日)

政から民へ

070301かなり波紋を呼びそうな松本復興担当大臣の発言の数々。

被災地の県知事に対して客人を呼ぶ時にはとか、長幼の序だとか。

「長」だろうと、日本をずっと壊し続けてきた人たちに言われたくないと思うが、それはさておき。

知恵を出さないやつは助けないとか、一体何を考えているのだろうか。

内閣というのはそんなに偉いのだろうか。

単に「没収されたお金を返してくれ」と言っているに過ぎないことに思えるが、そのお金は内閣から恵んでもらうようなものなのか。

都道府県から知恵が出なければ、内閣は仕事をしないのか。

それでも歳費をもらえるのか。

山ほど出ている知恵を無駄にしているのは誰なのか。

知恵が無く無策の日々を続けて国が沈没しかけている、もしくは沈没してしまったのは一体誰のせいなのか。

「邪魔さえしなければそれでいい」

知事さんはそういいたかったかもしれないが、年貢を取り上げられている身としては人質を握られている状態なので飲み込むしかないのかもしれない。

全く理不尽だ。

脱官僚、政治主導というのは、現在与党内で繰り広げられているそれと全く同じで、単なる「官僚」と「閣僚」の覇権争いだったのかもしれない。

今度は「政」から「民」へが必要なのかもしれない。

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2011年7月 2日 (土)

HOYAからRICOHへ

070201再編が続いていくだろうから、名前になじみが無いことも…と書いたらいきなり再編が発表された。

HOYA(東1・7741)に買収されたPENTAXは今度はRICOH(東1・7752)へと渡されることになった。

もはやここまで来るとPENTAXもメーカー名というより、カメラのブランドの一つとして認知度が上がるのではないかと思えてくる。

旧ミノルタのαがコニカミノルタ(東1・4902)を経てソニー(東1・6758)に渡ったように。

PENTAXを買収したRICOHと言えばユニット交換式の独特なデジカメを作っている会社だけれど、PENTAXのようなオーソドックスなカメラにも参入してくるということだろうか。

そういえば、RICOHはデジイチを出していただろうか?

なるほど、そういうストーリーか。

月日が経つうちに、多分PENTAXがメーカー名だったということを知らない人も増えてくるのかもしれない。

なんともさみしいことだけれど、今のところPENTAXのカメラはそれなりに話題性もあるので忘れられることもないだろうし。

そういえば、生まれて初めて買ったフィルムカメラはPENTAXだったような記憶が。

頑張れPENTAX。

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2011年7月 1日 (金)

電力使用制限令初日

070101電気事業法に基づく電力使用制限令が発動。

東京・大手町の最高気温は33.9℃だったようなので、前日よりも若干高かったようなのだけれど、最大電力需要は6.9%下回ったらしく、とりあえずは節電効果?が出たようだ。

問題は、節電だったのか、単に事業停止などで需要が無かっただけなのか。

単純に事業が止まっていただけならば、電力問題は回避したとしても、大きな経済問題に襲われることになるだろうし。

政府が節電基準とする昨夏のピークより東京電力管内は30.5%下回ったそうだけれど、これに関しては7月の初日がピークとも思えないので今後更に暑くなってきたときにこの余力は簡単に消費されてしまうだろう。

ところでこの節電、「努力目標」である一般家庭ではどれくらいの数値だったのだろうか。

企業だけに押し付けていないだろうか。

非常にみみっちい節電努力で、「こんなに協力しているのに」という気にならなければいいがと思うのだが。

節電に関してだけではなく、例えばダイエットとかでも同じだと思うが、小さな努力を積み重ねると、結果や効果以上に努力している気になってしまうと思うので、むしろ大きな落とし穴だったりする危険性も高いと思う。

 

まだ梅雨明け宣言すらされていない関東には、果たしてどんな夏がやってくるのだろうか。

ハラハラドキドキな時間に突入した。

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